そこはある人里離れた深い深い森ーーーーーーーーー

人がやってくることはほとんどなく、動物たちがたくさんいる。

その森の奥深くに三匹の子犬と母犬が仲良く平和に暮らしていた。長男のククル、次男のチッポ、三男のペコ。子どもたちはみんな元気いっぱいのヤンチャ坊主で、毎日一緒に遊んだり、ときにはケガをするほどの大ゲンカをしたりしていた。お母さんはそんな子どもたちを温かい目で見守っていた。

そんなある日のこと。

長男のククルが単独で川に遊びに出かけた。

ククルは三匹の中でも1番の甘えたさんでお母さん大好き。兄弟の中でいちばん好奇心が旺盛でいろんなことに興味をもってはすぐに姿が見えなくなり、お母さんや弟たちをしょっちゅう困らせていた。特に水遊びが大好きでしょっちゅう川に遊びに行っている。

チッポとペコはあまり川で遊ぶのはが好きじゃないようで一緒に行くことはないみたいだ。

だから川にはククルが単独で遊びに行くのがお決まりになっていた。

この日はお母さんや弟たちを驚かしてやろうと魚を獲って帰ることにした。

魚を獲ることにはいつも挑戦していたんだけどなかなかうまくいかず、失敗ばかりしていた。

 

そしてついにっ。

 

魚を獲ることに成功した!

 

ククルは家族みんなが待つ場所へと足を躍らせながらルンルン気分で帰路についた。

 

 

しかし。

 

 

 

なにやら不穏な空気。。

 

 

ククルたちの住みかあたりから怪しげな煙がのぼっている。

 

「これはなんだ!?」

 

「なにが起きてるんだ!??」

 

 

住みかについたとき、ククルは目を疑った。

 

お母さんも弟たちもみんな倒れて

体から煙がのぼり、血が流れ出ていた。

 

人間に銃で撃たれたのだ。

 

 

 

せっかく獲った魚を放り出してあわてて駆け寄るククル。

 

弟たちはすでに息絶えていた。

 

かろうじて息のある母親につめよる。

 

母親はすでに自分の命がもたないことを悟っていた。

 

泣きながら必死で語りかける。

 

「大丈夫!?  死なないで!!  死んじゃだめだよお母さん!!」

 

母親も涙を流しながらククルに語りかける。

 

「ククル…よく聞いて…。  お母さんはもうもたない…。

あなたは…強い子だから…1人でも生きていける…。」

 

ククルが必死で叫ぶ。

 

「イヤだよ!!ボク1人でなんて生きていけないよ!!」

 

母親は目を閉じながら最後の言葉をつぶやいた…。

 

 

「ククル……大好きだよ……」

 

 

母親は息を引き取った…。

 

 

 

一生懸命に母の体を揺さぶるククル。

 

 

しかし、反応はない…。

 

悲しみにふけっていると背後に気配を感じた。

 

 

あわてて草陰に身を隠すククル。

 

草陰に身を潜めて恐怖で体を震わせながら見ていると、

母親や弟たちに忍び寄っていくではないか。

 

「まさか…!?」

 

 

母や弟たちの肉はオオカミたちに無残に引き裂かれていった。

 

ククルはみていられなかった。

 

母親を失って間もないその直後にその肉を食い荒らしてるヤツらがいる。

 

もはやククルの頭の中はパニック状態。

 

ククルは無我夢中でその場から走り去っていった。

 

走りながら少しずつ落ち着きを取り戻し、

家族との温かい思い出が頭の中を駆け巡る。

 

駆け巡る思い出をかき消すようにククルの目から溢れ出る涙。

 

もうこの世には愛する家族はいない。

 

そんな現実をまだ幼い子犬のククルが受け入れれるはずもなく、

その現実を振り払うかのごとく走り続けた。

 

 

そして気がつけば日は傾き、空は真っ赤に染まっていた。

 

ククルは一体どのくらい走ってきたのだろう。

 

そこは生まれて初めて来た場所。

 

崖の上から森が一面見渡せる。

見渡した森の後ろで真っ赤な夕日がククルを出迎えた。

 

夕日はククルを慰めてくれてるのか。

 

 

はたまた厳しい現実を受け入れろと

言わんばかりに激励してくれているのか。

 

そんなことはわからない。

 

ただひとつ、そこにはククルしかいない。

もう弟たちと無邪気に遊ぶこともできない。

 

母の温かい胸で眠ることもできない。

 

ククルの家族は人間に殺されたのだ。

 

走り続けて疲れ果てた体と家族を失った悲しみがククルを襲う。

 

ククルはここにきて初めて現実が見えてしまった。

見たくもない、受け入れれるはずもない。

 

だが必死に見ようとせずに目を閉じてもそのまぶたの裏には

弟たちの死が、母の今際の表情が焼き付いている。

 

今の今までその現実を振り払おうと

必死に走ってきたが、すでに疲労はピークに達していた。

 

足が止まると脳は動き出す。

 

ククルは現実と向き合わざるを得なかった。

 

その途端に今まで必死に抑えていた感情が暴れ出した。

 

堰を切ったようにククルは泣き叫んだ。

 

その声は無情にも赤く染まった森に響き渡る。

 

そしてあたりは暗くなり、

何事もなかったかのように静かな夜を迎えるーー。

 

 

夜が明け、小鳥のさえずりとともに日が昇った。

 

ククルは泣き疲れてそのまま寝入ってしまっていた。

 

 

目が覚めると、あたりを見回した。

 

いつもならいるはずの母が、弟たちの姿がそこにはない。

 

彼らは撃ち殺されてしまったのだ。

 

 

しばらくあたりを歩いて探し回って、ククルの足が止まった。

 

ようやく昨日の事件を思い出して、肩を落とした。

 

「もうここには誰もいないんだ…。」

 

トボトボあてもなく歩いていると、目に入ってくる。

 

仲よさそうに飛んでいるチョウチョ、

口を大きく開けてピィピィ鳴いているツバメのヒナ、

じゃれあっている子猫とそれを見守っているお母さんーーーー。

 

 

 

つい昨日まで、自分にもそんな家族がいた。

 

当たり前だったことが当たり前でなくなった。

 

いつもケンカばかりしていた弟たちが妙に恋しくなった。

 

昨日まで腹ばかり立てていたのに

今は弟たちの笑った顔しか頭に浮かんでこない。

 

幸せそうな家族たちを横目にククルは歩いた。

 

どこへ向かうこともなくーーー。