ククルの冒険2

あれから1週間経ったーー。

 

ククルは母の残した言葉を胸に強く生きることを決意した。

 

もともと1人で川に入ったりして自然と戯れて遊んでいたククルは母を手伝って狩りをしたりもしていた。

食べることにはそれほど困ることはなかったのだ。

 

でも心の傷はそうそう癒えるものじゃない。

 

ククルは人間たちが憎くてしかたなかった。

 

「…なんで??どうしてお母さんや弟たちが殺されないといけないの…?」

そんな気持ちでいっぱいだった。

 

理由などわかるはずもない。人間は遊びで狩りをするような生き物だ。その動物の気持ちなど考えるわけがない。

でも今はそんなことよりも生きていくことに必死だった。

食料を調達するためにネズミを狩っていたそのとき。

気配を感じた。

顔を見上げると、そこには大人の雌犬の影があった。

それは一瞬母と見間違うほどソックリな犬だった。

 

「お、お母さん…??」

 

でもよく見ると耳の形が全然違った。

母がこんなところにいるはずがない。

自分の目の前で死んでしまったのだから。

 

落胆しそうになったククルをよそに、大人の雌犬のほうがより驚いていた。

 

彼女の脳裏に蘇るのはおよそ2週間前のできごとーー。

 

彼女とその息子が川の近くで遊んでいた。

前日の雨で川の流れがけっこう速かった。

 

「あんまり川に近づいちゃダメよ。」

 

「わかってるよっ!」

 

川辺ではしゃぐ我が子を温かく見守っていたその瞬間、息子が足を滑らせて川に落ちてしまった。

 

川の流れは速い。

必死で追いかけたが子どもはあっという間に流されてしまった。

 

2週間近く探しまわったが見つからない。

その子どもはちょうどククルと同じぐらいの年頃で容姿がククルにソックリだった。

 

彼女が驚いたのはまさにそこだった。

今目の前に自分の息子がいるではないか。

 

 

いてもたってもらいられなくなった彼女は彼女はククルに飛びかかって抱きついた。

ククルからすればたまったもんじゃない。

いきなり見ず知らずのおばさんに抱きつかれたのだ。

 

「なんなんだこのおばさんは!?」

 

ククルは気味が悪くなって逃げ出してしまった。

息子に逃げられたと思い込んでいる彼女はひどく落ち込んでしまった。

 

そんなおばさん犬の様子をみてこれはただごとではないことをククルは悟ってしまった。

そしてとりあえず話だけでも聞いてみることにした。

 

聞けば彼女には自分のとうりふたつの息子がいるという。

「だからボクに抱きついてきたのか…。」

ククルはそんな自分と同じような境遇に立たされてしまった彼女を放っておけなかった。

家族を失ったのは自分も同じ。

だけどまだ生きてるかもしれない。

 

そう思うと妙に胸が熱くなってくるのを感じた。

 

優しく彼女の頬をなめるククル。

 

 

「よしっ、ボクも一緒に探してあげるよ!」

 

そう言って走り出すククル。

 

 

彼女は目が点になった。

「なんて優しい子なんだろう…。」

嬉しくなった彼女は浮かれ気味に一緒になって走り出した。

 

 

そうして2人の旅が始まった。

彼女はさすがに大人だった。

狩りのしかた、安全な道、獲物のいる場所、いろんなことを教えてくれた。

 

ときには叱られることもあった。

 

またあるときには甘えさせてくれることもあった。

彼女は厳しくも優しかった。

はたからみれば本当の親子のようだった。

 

ククルにしてみれば家族を失ったばかりでそのポッカリ空いてしまった心の隙間を埋めてくれる存在だった。

だけど、彼女は本当の母親ではない。

寂しさを紛らわすことはできたけど心に深く負ってしまった傷はまだまだ癒えるはずもない。

 

いくら本当の親子のようにみえても、ククルの心はまだまだ閉ざしたままだった。

 

彼女にしてみてもククルは本当の息子ではないにしても、容姿はうりふたつ。

そして性格もどこか似ているところがあったククルをまるで本当の息子であるかのごとく可愛がった。

 

2人の利害は見事に一致していた。

そうやって2週間の時が流れた。

ククルは次第に心を開いていった。

 

「このままこの人の子どもが見つからなければいいのにな…。」

 

そんなふうに思い始めてしまっていた。

彼女もさすがにもうあれから1ヶ月経ったのだから半分以上諦めかけていた。

 

そんな矢先のことだった。

ククルが彼女のおなかに寄り添うように寝ていたとき、事件は起こった。

彼女が何かに気づいて顔を上げた。

 

その視線の先にはボロボロでやせ細った息子がフラフラ歩いていた。

 

彼女は目を疑った。

…と同時に体を息子のもとへ走らせた。

自分のお腹で寝ていたククルを放ったらかしにして…。

彼女はやせ細ってボロボロになった息子をこれでもかと抱きしめた。

そして、顔、頭、背中、お腹。体じゅうあらゆるところを舐めまわした。

 

奇跡だった。

およそ1ヶ月もの間、この子は1人で生き抜いたのだ。

そんな様子を見ていたククルは複雑な心境だった。

 

「このまま…」

 

、と思っていた矢先にまさかの…。

ククルは再び家族を失ったかのような気持ちに苛まれた。

 

でもこの2週間。

共に過ごした時間はククルの心をずいぶん癒してくれていた。

ほんのわずかな時間でもぬくもりを与えてくれた。

そんな彼女の嬉しそうな顔を見ているとイヤな気分なんかどこかへ飛んでいってしまいそうだ。

 

でももう、ここに自分の居場所はない。

喜び合う2人を尻目に静かに歩き始めた。

振り返ったククルの顔つきは、少しだけ大人になっていた。

 

母が残した言葉を胸に、またひとりぼっちの旅が始まったーーーーー。