水墨画で命の尊さを伝える世界にひとつしかない絵画を誕生させる

僕の描く水墨画は「動物」をテーマにしたものが多い。

もうひとつは「生きる」ことをテーマにしたもの。

 

自分の歩んできた人生から「生きる」ということの

大切さ、命の尊さをイヤというほど学んできた僕は

それを何とかして世の中に伝えたいと思った。

 

僕は大勢の前でしゃべるのは苦手なので演説とか

そういった類のことはあまり好きでない。笑

 

じゃあ好きな絵にそういう想いを込めればいいんじゃね?

、と思い僕の絵の方向性が定まった。

 

 

いちばん弱い「ニンゲン」

 

 

僕が絵を描く理由は絵を描くことが大好きなのが

大前提であるものの、平和すぎる日本という国で

「生きる」ということと真剣に向き合うことがあまりないのではないか?

、という疑問が僕の創作意欲を掻き立ててくれる。

 

この地球という惑星でさも自分たち人間が

いちばん偉い生物かのように振舞っている。

 

いや、むしろ逆なのではないか?

 

人間はすべての生物の中で

最も脆弱な生き物だと僕は確信している。

 

靴を履かないとハダシでは痛くて外を歩くこともままならない。

 

自分たちだけでは食料を確保することもできない。

だからスーパーに行ってお金という対価を払って

あらゆる食材を調達するしかない。

しかも生モノはほとんど食べない。

 

そんな生物人間だけだ。

 

もし仮に今この瞬間に無人島に放り出されて

サバイバル生活を余儀なくされてしまったら。。。

 

果たして生き残ることができるんだろうか?

 

おそらくほとんどの人がそんなことできないというだろう。

 

 

 

人間も哺乳類の動物

 

 

 

生まれてすぐに立つことのできる馬や牛なんかと比べて

母親や父親、ほかの大人たちに保護されてないと

すぐに死んでしまう。

 

そんな生物のなかでいちばん弱い人間がまるで

地球は自分たちのためにあるかのように

振舞っていることが僕には理解できない。

 

最近ではそんな考えも多少薄れてきてはいるものの、

やっぱり人間が地球を支配しているという考えは根強くある。

 

もっと最悪なのはその人間同士で

くだらない争いが起こるということだ。

 

何の関係もない人たちまで巻き込んでまだ幼い命までも

平気で奪ったり、それを見せしめに恐怖で支配しようとしたり。

 

僕が「生きる」ことをテーマに絵を描くのはそんな理由から。

 

 自然と戯れた結果

 

 

そんなメッセージを自分が大好きな絵に込めて届けることで

少しでもそういうことを考える人が増えてくれたら…。

そんなことを夢見ている…。

 

そうなったのは僕自身がこれまでの人生でそういうことを

考える機会が多かったことも関係している。

 

僕は友達と遊ぶことより自然と戯れるのが好きな少年だった。

幼稚園とかそのぐらいの年のころは友達に誘われても

平気で断って虫捕りや魚捕りに草むらや川にひとりで出かけてた。

 

そんな生活を送っていたからこそ

命とかそういうことに触れて考えることが多かったのだ。

 

その経験が今の作品に繋がってることは間違いない。

 

 

儚イモノ

 

 

 

この絵はそんな命の儚さを描いたもので

タイトルも『儚イモノ』。

 

一見すると木漏れ日が差し込む森の中で子どもが

木にもたれかかって昼寝でもしているかのような

爽やかな絵に見える。

 

だけど、本質はもっと別のところにある。

よく見ると、手前の岸には誰のものともわからない

手が転がっていたり、目ん玉が転がったりしている。

これが果たして誰のものなのか、、、。

 

そう考えるとこの子どもは生きてるのか死んでるのか。

それすらもわからない。

 

そして向こう側の岸にはよく見ると首吊りのようなロープが見える。

 

 

ということはこの森はそういう場所なのか?

 

 

樹海??

 

 

そんないろんな要素を散りばめることで

深く考えさせられる作品に仕上がっている。

 

まだまだ描きたい作品は頭の中に数えきれないほどある。

もっとあからさまな表現もしてみたい。

みた瞬間にハッとさせられるような絵も描いてみたい。

お楽しみに。

 

 

 

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