魅力的な絵を描く方法:上手いか下手かよりも大事なこと

魅力的な絵を描くためにいちばん大切なことは「絵が上手いか下手か」よりも大事なことがあります。それは、その絵が放つ雰囲気とか世界観が出せているかどうかです。

そもそも「魅力」って何?ですが、「人の心を引きつけて夢中にさせる力」と国語辞典先生は言っていました。

これは上手いとか下手とかそんな次元をはるかに超越した言葉では言い表せない「未知なるパワー」です。

 

絵じゃないですけどたとえば童謡の「赤とんぼ」なんかは典型的な例です。

「ゆうや~けこやけ~のあかと~ん~ぼ~♪」ってどんだけ歌が下手な人(たとえば幼稚園児)が歌っても夕焼けの中を飛んでる赤とんぼの映像が浮かんでくると思うんです。

それってこのメロディーに「未知なるパワー」があるからで、たとえ口笛でこのメロディーを吹いたとしても映像が浮かんでしまうぐらい強烈なインパクトがあります。(厳密には歌詞とセットで頭にインプットされてるからだとは思いますが)

この未知なるパワーのことをココでは「ナニカ」と呼ばせてください。

この「ナニカ」はほかにも至るところでみることができます。

 

手塚治虫氏なんかはホントはベラボーに絵が上手いのにあえてそれを崩して魅力的なキャラクターをたくさん生み出しています。

この場合は「ナニカ」を伝えやすくするためにあえて崩しているわけですね。「鉄腕アトム」がめちゃくちゃ描き込まれた「北斗の拳」みたいな劇画調の絵だったらあそこまでの人気を呼んだかわかりません。

僕ら絵描きがいちばん大切にしなきゃいけないのはココで、人を惹きつける「魅力」を持たせるためには「絵が上手い」のは当たり前の話で、問題はその先にある「ナニカ」だということですね。

その「ナニカ」という謎のパワーは誰でも生まれ持っているもので、磨きかた次第で良くも悪くもなります。

 

「ナニカ」を磨くために必要なこと

 

いきなり音楽に話が飛びますが、「ナニカ」を引き出すための超重要なヒントが隠されている言葉を紹介したいと思います。

プロドラマーの村上ポンタ秀一氏が

棒きれ持って1万年やるよりも、もっと広い視野でたとえば綺麗なものを見る、それに感動する、思いっきり泣く、思いっきり怒る、思いっきりスケベな気持ちになるとか、そっちの方が大事で、そういう感性があるからこそ音符を操ったときにそれこそ音楽のマジックみたいなものがあるんだけどそういうことを考えないでやってるやつと同じことやってても表現が全然違ってくる。

と言っていました。

もうモノづくりの極意がすべてが詰まっている、素晴らしい言葉です。音楽だけにとどまらず、すべての芸術に通じる言葉です。

僕はこの言葉が大好きです。

ポンタ氏は技術どうこうで悩むことよりも、いかに自分の身の周りのものに触れてそれに対して心を動かせるかどうか。と言っています。

要するに「わあ!すげえ!!」って子どもみたいに目ぇキラキラさせてはしゃげってことです。

道端に生えてる花ひとつで「キレイだなぁ」と感じるのか、「こんな道端に生えているといろんな人に踏まれたりしているはずなのにそれでも頑張って生きてる。踏まれても踏まれても一生懸命生きようとしてる。命をつなごうとしてる。おれは今、この花のように一生懸命生きれているんだろうか?」と感じて奮起するのか、の違いです。

たった一輪の花にそこまで魂が突き動かされることだってあります。

魂が突き動かされるほど心が動けば感性が磨かれて「ナニカ」は成長していきます。

さっきの「のび太くん」のように純粋な感性は大人になればなるほど自分で押さえつけてしまう人が多いですが、それはまわりの人たちの目を気にしてしまっているからです。

恥ずかしがらずに自分の感情に素直になってみてください。基準なんてないです。自分のこころの赴くままに。解放してください。

そういう感性が「ナニカ」を爆発的に成長させてくれます。

 

魅力的な絵を描くための○○

 

さて、絵を描くうえで「ナニカ」は非常に大事なものだということはなんとなくわかりましたでしょうか?

じゃあそれをどうすれば紙の上に表現できるか、という少し小手先のテクニックをお伝えします。

ほんの一例です。

バックヒストリーを考えてみる

 

たとえば人物画を描くとき。

その人がどんな性格なのか、何に感動する人なのか、短気なのか、おおらかなのか、どんな人生を送ってきたのか、などなど、細かい設定を考えて描いてみるとそれだけでも絵に深みが出てきます。

今この瞬間何を考えてるんだろう。そうなるとこのポーズはちょっとおかしいなとか、これはこの人っぽくないなとか、いろんなことがみえてきて、じゃあどうすればいいか?が面白いぐらいみえるようになります。

その絵の枠の外のことを考える

 

絵は1枚の紙の上に自分が描きたいものを自由に描きますが、ひとつの枠の中に収めなくちゃいけません。

たとえばこんな絵を描くとします。どこのどなたかはいっさい知りません。

一部分を切り取って枠の中に収めますが、実際には枠の外まで風景は広がってます。その外のことまで細かく考えてみるとけっこう面白いです。

ここから先はどうなってるんだろう。枠の中は平和にみえても実は枠の外はものすごい凄惨な場所だったり。

逆に意図的にあえて不自然なところで切ることによって観る人に考えさせるとこれまた違った面白さがあります。

「え?ここから先どうなってんの?」みたいな。

上の写真は実際はこんな感じになってます。

切り取った写真だと木の上の部分までは見えていないのでどんな木かわかりません。

そういうところまで細かく設定して描くことで、深みが出たりするので絵って面白くて不思議です。

 

関連記事⇒絵の構図:「決められた枠の中」という制約が創造性を膨らます

 

細かいところまで描き込む

 

バックヒストリーにも通ずるところがありますが、その絵に登場するものの細かいところを描きこんでみる、というのも面白いです。

たとえば人物画だったら、目の下に傷の跡があるとか。服が微妙によごれてるとか。

そういう細かいところまで設定して描き込むことで必然的に自分の中でその裏の設定が出来上がります。不思議なことにそれだけでも深みは出てきたりします。

そのへんに関して『もののけ姫はこうして生まれた』というドキュメンタリーで宮崎駿氏がキャラクターのひとりひとりの設定をめちゃくちゃ細かいところまで考えていて、それがすごく印象的だったので共有します。

中でも特にこれはすげえなと思ったのが、モロという山犬の声を担当した美輪明宏さんがアフレコ現場で、モロとオッコトヌシ(いのししの神様)の会話のシーンを録音してる最中の出来事です。

美輪さんが音響監督さんに何気なく「はぁ~い」と返事をしたのを宮崎さんが聞いてニヤリとしました。

ニヤリの理由は、「モロとオッコトヌシは大昔いい仲だった」という設定をそのときに思いついた、とのことです。

そういう感じを出してくださいと美輪さんに伝えて実際に声をあてると、それまでのものと全然違うものになりました。

詳しくは見てみてください。マジでためになります。

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ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社

今のはほんの一部で、そんな小さなこだわりがホントに至るところにあります。そしてスタッフ全員がそれを共有してる。させられてる。笑

それはクリエイターだけじゃなくて、映画に携わる人たち全員がそういう意識を持ってやっています。

だからこそあの映画はあれだけの、社会現象になるまでの素晴らしい作品になったんだと、ものすごい感動をおぼえました。

絵に魅力を持たせるために必要なのはそういうことっす。

それを表現するために技術を習得したり、知識を学んだりする。順番を間違えるとつまらないものが出来上がってしまいます。

そしてなによりもそれを楽しむことが一番大事なことです。

 

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