プロフィール

こんにちは、こんばんは。

水墨画家の「D」と申します。

ここでは簡単な自己紹介をしようと思います。

「D」という名前は本名が大輔なので高校時代に

イニシャルの頭文字をとって「Dさん」と呼ばれて

いたのを思い出して「D」にした次第です。

決して名前を隠そうとは思っているわけではありません。

なんとなくカッコいいかなと思ってそう名乗ってます。

基本かっこつけたがりです。笑

生い立ちからの長文プロフィールはこちらからどうぞ。

Dの生い立ち

 

水墨画家です

 

現在、水墨画を描く活動をしています。

真剣に絵を描き始めたのは30歳を越えてからです。

頑張って練習したら始めて1年で公募展で入賞したり絵を売ったり

海外からも絵の依頼が来るまでに成長できました。

かなり短期間で成長できました。

関連記事⇒水墨画の描き方:始めて1年の僕が海外で入賞するまでにとった行動

 

もともと小さいころから絵が好きで小学校のときに

漫画家になりたいと思って漫画を描いて雑誌に投稿しました。

ところがなんの音沙汰もなく心が完全に折れてしまい、

それから約20年、絵を描くことから遠ざかっていました。

小学生だったとはいえ、ガラスのハートにもほどがありますね。笑

それでもやっぱり絵を描くことは好きだったようです。

20代半ばで網膜剥離の手術をしたときに1週間ほど入院しました。

その入院期間中にあまりにもやることがなさすぎて

時間を持て余していたので、そこらへんにあった

メモ用紙みたいなものにボールペンでなんとなく久しぶりに絵を描いてみました。

そのときの絵が自分でもビックリするぐらいクオリティが高かったんです。

それからまた絵を描くということに対して火がついて「よし、絵を描こう!」ってなりました。

クソ単純です。笑

でも何かをやり始めるキッカケってそんなもんだと思うんです。

音楽をやり始めたときも、純粋に音楽が好きだったからとかではなく

たぶん「女の子にモテたい」とかそんな不純な動機だったと思います。

 

それを継続するかどうかでたぶん人生がめちゃくちゃ変わります。

数ある絵画の中で水墨画を選んだのはたぶんじいちゃんの影響です。

じいちゃん家にいくと家のいたるところにじいちゃんが描いた

水墨画や日本画が飾ってあったので。

小さいころからそういうものに触れてたから影響は受けてるのかなと。

じいちゃん大好きっこだったのもありますね。

おじいちゃんの思い出

人間、やる気さえあれば何だってできるんだなと思います。

 

音楽家として

 

17歳から音楽に目覚め、バンド活動をしていました。

担当楽器はドラムでした。

メジャーデビュー手前で人間関係でモメて解散してしまいましたが、

そのおかげで今でも腕はプロ並みです。

しばらくドラムにさわっていませんがまたやりたいなーと思ってます。

 

バンド活動というのはいわば会社経営みたいなものなので

そのときの活動のしかたや考え方が今の自分の中で大きな財産になっています。

このころの「音楽を作る」ということが

アーティストとしての土台を築いていったのだと思います。

「モノづくり」って何なんだ?

ということを音楽活動をすることによって学びました。

YouTubeの動画のBGMはすべて自作のものです。

著作権とか気にしなくていいからマジでラク。笑

よかったら聴いてみてください

 

関連記事⇒センスは自分で作るもの:「センスがない」は何も考えてないだけ

芸術・アートに魂を注ぎ込むための考えかた

 

柔道整復師として

 

柔道整復師という国家資格を持っています。

そのおかげで体の知識はすごいです。(語彙力。笑)

人の体のあらゆる痛みを治すことができます。

ゴッドハンドと呼ばれてます。

この資格を取るまでの3年間、働きながら専門学校に通っていたので

1日2時間ぐらいしか睡眠をとることができず、死にそうになりながらも

なんとか生き抜くことがきました。

でもそのおかげで「夜に寝て朝起きる」ということが

いかにしあわせなことなのかということを身をもって

体験できたのはすごく貴重な財産になってます。

「当たり前と思ってたことが当たり前じゃなくなる」

辛いことがあってもそのときのことを考えれば屁でもないっていう感じです。

その当時は必死だったのであまり何も考えてなかったですが、

今になって思うことは2度とあんなしんどい生活はしたくないな、

という感じです。

この仕事のおかげで人と人とのつながりの大事さを学びました。

多くの人に支えてもらって必要としてもらえることって

ものすごく有難いことなんだなと痛感しています。

本も書いています。腰痛でお悩みの方は目から鱗な内容になっていると思います。

ぜひご一読ください。

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わりと波乱万丈だった10代〜20代

 

僕は小学校の高学年ぐらいからずっと心を閉ざしてました。

20代半ばぐらいまで。

それに気づいたのは20代半ばぐらいのときでした。

「あれ?もしかしておれって心閉ざしてたんじゃね?」って。

 

関連記事⇒心を閉ざす人は閉ざしてるという自覚がない

 

でもそのおかげで人のちょっとした仕草や表情で

人の気持ちが読み取れるようになったのはすごくありがたいことだなと思ってます。

10代後半は精神的に荒れに荒れていて、そんなこんなで

高校を卒業してすぐに就職した会社も入社式だけ行ってすぐ辞めてしまいました。

親身になって世話をしてくれた高校の先生にはすごく申し訳ないことをしました。

でも後に僕のライブに来てくれたりして応援してくれたので

それはそれでよかったなと思います。

 

関連記事⇒仕事やめたいならやめればいい。僕は入社式の日に仕事やめました

 

そんな経験が今の繊細な絵を描くことや人の体を治すことに大いに役立っています。

わりと波乱万丈だなと思う最大の理由は

20代で結婚と離婚を2回経験したことです。

1回めはふつうに1歳年下の人だったのですが、2回めは14歳も年上の人でした。

しかも3人の子連れ。

娘のほうが僕に年が近いというなかなか混沌(カオス)な状態でした。

そんなこんなでいろんな人に愛されるキャラに仕上がりました。

 

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