心を閉ざす人は閉ざしてるという自覚がない

心が閉じた状態とはどんな状態なのか。

それは本人はよくわかっていません。

一般的には人を信頼しない、信頼できないので疑り深い、

積極的に人と話そうとせず人を避ける、

という行動をとる人のことをいいます。

 

僕自身そんな時期がありましたが、

よく考えたらあの時心閉ざしてたなぁと思うだけで

当時はそれをまったく自覚してなかったです。

ここが怖いところですね。

 

後から閉ざしてたことがわかった

 

僕が心を閉ざしていたのは数回の転校を繰り返したことによります。

 

閉じてたことがわかったのはそれから10年以上時間が経ってから。

 

閉じてたなと思う期間をあとから振りかえってみると

当時はそんな意識はまったくなかったのです。

むしろ周りの人たちに弾かれまいと必死だった。

 

 

必死だったがゆえに、その時心が閉じてたことなんかわかるはずもなかった。

よくよく考えてみるとあー、閉ざしてたなーと思ったぐらいですね。

 

それぐらいなら大したことないんじゃない?

 

と思うかもしれません。

 

が。

 

その当時の僕の中では大問題。

 

 

僕は自分でいうのもなんですが、繊細すぎるところがありまして。

それは物心ついたときからずうっとそうだったので

親のせいとしか言いようがありません。笑

 

要するに余計なことに気が回りすぎて

人のちょっとした言動や仕草を深読みしすぎて

傷ついたりしてしまうというよくあるやつです。

 

ほんとは全然そんなことないのに。

 

たとえばこちらが何か言葉をかけてそれに対する返事がそっけなかったとき。

もうガラスのハートが一瞬にしてガラガラガッシャンと崩れ落ちます。

 

 

 

12歳の少年にはキツかった

 

 

1番キツかった転校は中学に上がるときの転校ですね。

周りのやつらはだいたい小学校からの友だち同士でグループを作ってました。

 

僕は同じように何人かいた、中学からの転校生のクラスに分類されました。

周りの人間がすべて初めて見る人間ばっかり。

12歳のガキんちょにはきついわ・・・

 

 

 

1人で教室の中にいるのは寂しがりやの僕には

耐えられない苦痛だったので、なんとか友達を作ることを試みました。

 

とりあえず手当たり次第に声をかけてみます。

 

この声をかけるということですら

かなりの勇気を出してようやくたどり着けたこと。

 

 

小学校の低学年の時なら転校生を珍しがって

向こうからしゃべりかけてくれましたが、

中学に上がったばっかりの時っていうのは、

いくつかの小学校から生徒が集まってくるから

そいつが転校生なのか

ほかの小学校から来たやつなのかがわからないのです。

 

だから向こうには

僕が転校してきたヤツという認識はありません。

 

 

これが何よりもツラかった。

完全に浮いてしまってましたね。

「これは非常にマズイ。なんとかして孤立した状態を脱出しなければ!」

そんな心境だったと思います。

 

時すでにおそし

 

でもいくら声をかけてもこちらが思うような態度で返してくれるはずもなく、

声をかけてはそっけなく返され、声をかけてはそっけなく返されを

繰り返しているうちに僕の心は徐々に閉ざされてしまったんだと思われます。

この時の僕にそんな自覚はないです。

 

 

なにせ必死なので。

なんとか友達を作りたかった。

時間の流れとともに次第に少しずつ馴染めるようにはなりました。

でもその時すでに僕の心は完全に閉じていましたね。

 

閉じてしまったので、

人を信じることが出来なくなってしまっていたのです。

 

家族さえも。

 

 

、といっても、僕にはやりたいことがあったから

比較的症状が軽くてすんだのかもしれません。

 

過去の心の古い傷

 

僕は中学に上がったらバスケをやると決めていました。

それがあったからその程度ですんだのだと思います。

僕の場合はバスケというすがるものがあったから

なんとか持ちこたえることができましたが、

仮にこのとき何もなかったら、引きこもりになっていたかもしれない。

グレてしまってたかもしれない。

そう思うとなんともやりきれない気持ちになります。

 

 

 

僕は軽くかじった程度ですみましたが、

世の中にはそれが原因で

引きこもりになったり、不登校になったり。

最悪の場合は自ら命を落としてしまう人もいます。

 

彼らが心を閉ざす原因は

繊細な心を持っていることにあるんじゃないかと思います。

 

繊細がゆえにしょーもないことでも傷つきやすい。

 

 

そんなことで??

 

ということでもおデリケートなのですぐ傷ついてしまいます。

 

その傷が原因で人を信じられなくなる。

 

 

同じような人が現れると心強い

 

 

 

人を信じられなくなるとたとえ誰が何を言おうが、

そこじゃない!

おれが求めてるのはそこじゃねえ!

 

ってなってしまいます。

だから誰も理解してくれないという錯覚に陥ってしまうのです。

なので余計に人を避けようとしてしまい、最悪の悪循環になります。

 

この悪循環に陥ってしまうと、なにかがキッカケで自分で気づくか、

自分と同じぐらい繊細な心の持ち主に出会って、

その人とわかり合わないと抜け出すことは困難です。

 

 

でもそれは当の本人には

その自覚がないので少々厄介ではあります。

 

僕がそれに気づいて抜け出せたのは自分よりも繊細で

心に深い傷を負ってた人間に出会ったから。

その人に出会うことで自分の状態を把握できました。

 

あれ?おれも心閉ざしてるんじゃね?

 

 

そう把握したから抜け出そうと思うに至りました。

 

「人の振り見て我が振りなおせ」でしたね。

 

 

 

心閉ざしている人はムリヤリこじ開けないで

 

 

 

生まれた時から心を閉ざしてる人はいません。

むしろ何かきっかけを与えないかぎり常にオープンなはず。

 

成長するにつれて周囲との摩擦が生まれたりします。

いちばんの原因は親じゃないかなと僕は考えます。

今は普通に仲良し親子ですがやっぱり閉ざしてた時期は

仲がいいとはいえませんでした。

 

それを親が「おまえの育て方は間違えた」

、と認めてくれたことも救いにはなってますね。

 

何かしらの原因があるから心は閉じていく。

 

それが友達なのか、親なのか、それ以外の大人なのか。

その原因は人それぞれなので答えなんかあるはずもないですが。

 

 

多くの場合、おデリケートで本人には自覚がないので

そっと寄り添ってあげるのが一番じゃないかと思います。

 

でも、ちょっとしたことでまた

傷をえぐっちゃうのでそうならないように

細心すぎるぐらい細心の注意を払う必要があります。

 

そっと寄り添うときもあからさまにやると

すぐ離れていっちゃうのでわからないように

近づくとイイですね。

 

心を閉ざしてるなーと自分で感じるときはブッダ全巻読んでみてください。

いかにちっぽけなことで悩んでるかということが身に染みます。

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