バガボンドに学ぶ人生哲学:人間の成長とはなんなのかvol.1

誰もが知る剣豪・宮本武蔵。

彼の生き様を描いた吉川英治の小説「宮本武蔵」を原作に

井上雄彦が満を持して連載を開始した渾身の作品「バガボンド」。

これを読むと人生観が変わります。

前作のスラムダンクとは正反対の、

人間の暗部を掘り下げた「バガボンド」は、

生きることの意味、人と人とのつながりや、

失敗と挫折を繰り返しながら成長していく武蔵を描いた作品です。

 

「バガボンド」の連載が始まったのは1998年。

そこから作品を読むまでにおよそ10年の時間がかかりました。

 

前作のスラムダンクはリアルタイムで

ジャンプで読んでいたのにもかかわらず。

 

それには理由があります。

 

宮本武蔵といえば剣豪、という事実は僕でも知っていました。

僕は歴史にあまり興味はないけど、

そんな僕でも知っているほど、有名な実在する人物だです。

 

逆に知っているからこそ、

ハナから読む気になれずに放置してしまっていました。

、というのも、侍の時代の話ということは

いわゆる時代劇だと思ったからです。

 

スラムダンクは僕がやっていたバスケットボールを題材にした

作品だったのに対して、あまりにもギャップが大きすぎて、

なんだか読もうという気になれなかったんです。

 

もっと早くに読んでいればもうちょっといろんな気づきを

早くに知れていたのかもしれないなーと思う反面、

逆にそれぐらい後になってから読んだからこそわかる部分も

多々あったのかもしれないと思う気持ちもありました。

それほどにこの作品はいつ、どのタイミングで読んでも

深く考えさせられるような奥の深い作品です。

 

そんな「バガボンド」を読んでみようと思ったキッカケは

たまたまNHKのプロフェッショナル〜仕事の流儀〜で

井上雄彦スペシャルをやっていたのを見て、です。

 

思っていたほどの時代劇感はなく、

むしろ今っぽい感じでスーッと僕の中に入ってきて心地よかった。

 

すぐさま古本屋に行って3冊ほど買って帰りました。

すぐに読み終えてしまい、その日のうちにまた3冊ほど買いました。

 

読み出したら絶望的に面白くて僕は後悔しました。

なんでこんな漫画を今まで読まずにいたのかと。

 

そこから毎日のように古本屋に通い、1日に6冊ぐらい買っては

すぐに読破し、また次の日に6冊買って読破するという

謎の行動に出ました。

なぜ6冊だったのか。

1冊150円だったからです。

千円札で買える限界が6冊だったのです。

千円以上使うことは僕の中では少し抵抗があったんです。

 

なぜかはわかりません。笑

それでも毎日6冊買ったのだから結局は同じことなんですけどね。

 

ひとりでも認めてくれる人がいればいい

 

 

武蔵は最初新免武蔵と名乗っていました。

そこからまず驚きです。

たけぞうは、母の愛情も知らず、父に命を狙われ、

鬼の子とよばれて村人からも忌み嫌われて

「おれは何故生まれてきた?」と、生きる意味を見出せずにいました。

そんな中、沢庵坊に自分の存在を認めてもらい、剣の道に生きる志を立てた。

そのときに名前を「宮本村のたけぞう」で宮本武蔵と名乗る

ことになったのにはものすごく納得して感心してしまった。

 

この世にひとりでも、自分のことを認めてくれる人がいたら、

絶望せずに生きてみようという気になれるもんだなぁと深く感じました。

自分自身も世の中に絶望したとき、家族という存在が

自分を認めてくれてたから死なずにすんだことを思い出しました。

 

序盤であれだけ自らを否定して沢庵に「殺せ」とけしかけていた武蔵が、

いろいろな人と出会い、その度に少しずつ成長していくのは

いろんな人の人生に共通してることですね。

 

真の強さとはなにか

 

 

表面だけの強さでブサイクな殺気を放っていた武蔵は

自分が強いと思いたかっただけだということに気づきます。

武蔵の中の「強い武蔵」はただの虚像に過ぎなかったのです。

 

胤舜との戦いで「死」の恐怖を覚え、その場から

逃げようとした武蔵は「死」の覚悟すらできていなかったと。

 

かつて自分が命を奪った野武士と同じように

自分も胤舜から逃げ回ってしまったのです。

 

自分はなんてちっぽけな人間なんだと気づきます。

ここすごい大事ですよね。

人間なんてちっぽけなもんです。ほんと。

ここから武蔵は人間的に少しずつ成長していきます。

己の弱さを受け入れ、前を向いた。

 

人間はしょせんちっぽけなんで。

その事実を受け入れれるかどうかが

本当の意味での強さを手に入れるカギになるというね。

 

虚栄は虚栄しか生まない

 

 

武蔵とは対照的な存在として描かれた又八。

又八はその場の欲望に走り、盗み、詐欺、嘘で自分を固めていきます。

嘘で固めた自分の真ん中には何もない。

空っぽだった。

そんな又八は幼なじみであるはずの

武蔵とまともに向き合うことができずに、

さらなる嘘で自分やまわりを偽るしかなかったという。

 

そんな自分の弱さを誰よりも知っていたのも自分自身であり、

最終的には母のお杉オババの今際のときに自身の弱さを認める発言をしました。

 

嘘をついてその場を凌ぐのは楽です。

 

だけど、自分についた嘘はやがて自分に返ってきます。

そんな又八はある意味反面教師です。

こんなふうになりたくなかったら

ちゃんと自分と向き合って正直に生きたほうがいい。

苦しいことや辛いこともそのぶん多い。

だけど、乗り越えたときの達成感や喜びは、

嘘で固めてしまった人間には絶対に味わえない。

 

っていうね。

 

まだまだ書きたいことはたくさんあるけど、今日は絵を描くのでこのへんで。

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