水墨画をアートに仕上げるには?モノクロだからできること

水墨画は中国で誕生し奈良時代に日本に伝わって独自の発展を遂げてきた文化です。

既存の水墨画には「アート」の要素はあまりないように思います。

それはどこか「古くさい」というイメージが拭えないからです。

完全に僕の個人的な意見です。

なぜなら「アート=芸術」なので受け取りかたは人それぞれ違うからです。

なので既存の水墨画にアートを感じるという人はこのままページを閉じてください。

水墨画にアートを感じるか?

そもそもアートという言葉の定義すらあいまいなものです。

「アート」は日本語で「芸術」ですが、芸術の意味は

表現者、あるいは表現物と鑑賞者が相互に作用し合うことで
精神的、感覚的な変動を得ようとすること

です。

この意味から考えると古くさいと感じるのはあくまで僕の主観的なものです。

今まで水墨画家として活動してきた中でいろんな水墨画を

見てきましたがやはりどこか古くさいイメージが漂っています。

僕が水墨画を始めるときは不安でいっぱいでした。

そんな古くさい水墨画の中で飲み込まれてしまわないだろうか…。

新しいモノが生み出せるのだろうか…。

そんな考え自体がすでに既成概念にとらわれてしまっていた

ということに気づいたのはもう少し先の話です。

そんなあるときひとりの水墨画家と出会いました。

彼との出会いがなければ僕はその既成概念に

とらわれたままで終わっていたのかもしれません。

その水墨画家は外崎裕涯という人です。

直接会ったわけではありません。

ネットで調べてたら偶然彼の作品が僕の目に飛び込んできて

その作品の圧倒的なパワーに衝撃を受けました。

、と同時に僕のやりたいことの方向性がバシッと決まった瞬間でもありました。

「水墨画でこんなことしていいんだ!」

そのときはじめて自分が既成概念にとらわれていたことに気づきました。

それからというもの、自分と向き合って芸術とは何か、自分が本当にやりたいことは何か?

ということを真剣に考えはじめました。

白と黒のアートはたくさん存在する

 

僕がやりたいと心に強く思ったのは白と黒のアートです。

それは写真の世界では「アート」としてとらえられることが多いです。

でも一般的に水墨画のイメージはどちらかというと

伝統的な文化としてとらえられています。

だから中国の山水画や竹や梅、松、はたまた龍といった、

「和」のものがモチーフになることが多いんです。

それが悪いとは思いません。

ただ、自分の中でそれをやりたいかというと決してそうではありませんでした。

僕がやりたいと思うのはこんな感じです。

これらはすべてモノクロの写真です。

水墨画とモノクロ写真。

両者とも共通していることは白と黒しか使っていことです。

同じモノクロなのになぜこうも違うのか?

その謎を解き明かすことと、こんな雰囲気の水墨画を描くという

コンセプトのもと、僕の水墨画家としての方向性は定まりました。

で、出来上がったものがコチラです。

こんな感じで描いているといろんな方から「こんな水墨画みたことない!」

とたくさんの嬉しいお言葉をいただけるようになりました。

よくエンピツ画と間違われますが。笑

モノクロ写真は「アート」ととらえられることが多いです。

モノクロというだけでなんかカッコいい、クールな印象があります。

なんともうらやましい野郎です。

新しい水墨画のパイオニアになる

 

水墨画の世界はまだまだ「アート」としては一般的に受け入れられていません。

だからこそ僕がそのパイオニアになってもっと世の中、世界に

こんなアートもあるんだということを認知してもらうために

いろんなことに挑戦していきたい。

そんなふうに考えています。

どうぞよろしくお願いします。

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